広島地方裁判所 昭和43年(行ウ)8号 判決 1976年5月25日
尾道市栗原町五二一番地
原告
崔正龍
右訴訟代理人弁護士
阿左美信義
広島市上八丁堀三番一九号
被告
広島東税務署長
臼田三郎
右指定代理人
坂本由喜子
同
松下能美
同
岩成久雄
同
三坂節男
右当事者間の所得税並びに無申告加算税賦課決定取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、双方の申立
原告は、「被告が原告に対し昭和四一年二月七日付でなした昭和三五年度分所得税の決定及び無申告加算税の賦課決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。
二、原告の請求原因
(一) 被告は、原告及び訴外李清一が昭和三五年一二月二六日訴外三滝総合開発株式会社に対し広島市三滝町字黒谷五六の一山林三反一畝一四歩外七筆の山林(以下本件物件という)を売却して譲渡所得を得たものとして、原告に対し昭和四一年二月七日に昭和三五年分所得額を二〇三、七五〇円とする決定及び無申告加算税を五〇、七五〇円とする決定(以下両者を含めて本件処分という)をした。
(二) 原告は、本件処分を不服として昭和四一年三月二日被告に異議申立をしたが、昭和四二年一〇月二七日棄却され、さらに同年一一月一四日広島国税局長に対し審査請求をしたが、昭和四三年一月一八日棄却された。
(三) しかし次に述べるとおり本件物件は、学校法人広島朝鮮学園の建設を目的とする広島朝鮮学園学校建設委員会(以下委員会という)なる権利能力なき団体(財団或いは財団と社団の両性格を有する団体)が在日朝鮮人らの寄付金により学校建設用地として取得し、売却も委員会がしたものであるから、本件物件の譲渡による所得は委員会に帰属し、原告に帰属するものではない。
(1) 委員会は、在日朝鮮人子弟の教育施設としての学校を建設することを目的として、広島県在日朝鮮人総連合会(以下朝鮮総連という)及びその傘下組織である広島県在日朝鮮人教育会(既存の朝鮮人学校の維持運営の掌に当る組織で、以下単に教育会という)の指導、協力の下に約三〇名をもつて昭和三五年二月二〇日設立され、委員長には訴外徐彩源が就任し、朝鮮総連の委員長であつた原告、教育会の会長であつた訴外李清一らが委員となり、事務局長には訴外河清建、同李斗明が就任した。しかして委員会の財産管理については事務局長が責任者となり、財産の取得、売却、その場合の名義人については、その都度委員会の総会において決定された。
(2) 委員会は、昭和三五年三月一〇日訴外谷川富美子外数名から本件物件を買受けたが、本件物件に学校を建設することについて地元三滝町附近住民が反対したため学校建設を断念する外なくなり、そのため同年一二月二六日三滝綜合開発株式会社に売却する外なくなつた。
そこで委員会は、同月二六日第二の学校建設候補地として広島市尾長町字天神谷一〇八番地の一八山林九反八畝七歩外三筆の山林を訴外武村登から代金九三三万円余で買受けたが、この土地についても学校敷地造成工事を行なうことができなかつたため、第三の候補地として既存の朝鮮人学校敷地の隣接地に学校を建設することとし、昭和三七年から昭和三八年にかけて訴外垣下武夫らから安芸郡矢野町等に所在する土地を買受け、その土地に学校敷地を造成し、昭和三八年に校舎の建築も終え、学校法人広島朝鮮学園は昭和四一年一二月二四日設立認可を受けた。
(3) ところで、本件物件は在日朝鮮人らからの寄付金約一、〇〇〇万円を買入資金として委員会が買受けたのであるが、当時委員会は法人格を有しなかつたため、その代表者として買受名義人を委員会の構成員として参加していた原告及び李清一の両名とし、登記簿上も両者の共有名義にした。前記第二の候補地については買入目的を秘匿するため越智小次郎名義をもつて買入れたが、第三の候補地の買入、学校敷地の造成等の工事請負契約はすべて原告名義をもつて行ない、原告名義で買入れた土地については、学校法人広島朝鮮学園が設立認可された昭和四一年一二月二四日にすべて同学園に贈与され、昭和四二年五月その旨の登記を了している。しかして本件物件の売却代金一、七六〇万円は、原告の株式会社愛媛相互銀行広島支店に対する原告名義の普通預金口座に預金し、前記第二、第三の学校建設候補地の買入代金及び学校敷地の造成等の工事代金は、すべて右預金及びその後における在日朝鮮人らの寄付金によつて賄われているのである。
(4) 以上委員会の設立から学校法人広島朝鮮学園の設立に伴う贈与までの経過からして、本件物件の譲渡による所得が委員会に帰属するものであることは明らかである。
(四) してみると、本件物件の譲渡による所得が原告に帰属していることを根拠としてなされた本件処分は違法であるから、原告はその取消を求める。
三、被告の答弁及び主張
(一) 請求原因(一)、(二)の事実は認める。同(三)の事実のうち本件物件の買受名義人が原告及び李清一の両名で登記簿上両名の共有名義とされたこと、学校法人広島朝鮮学園が昭和四一年一二月二四日設立認可されたこと、本件物件の売却代金が一、七六〇万円であつたことは、いずれも認めるが、その余の事実は争う。
(二) 原告は、李清一との共有にかゝる別表第一記載の山林、すなわち本件物件を昭和三五年一二月二六日三滝綜合開発株式会社に譲渡し、そのことに伴い所得を得た。しかしてその譲渡による譲渡所得の明細及び所得税額等の計算根拠は、別表第一、第二記載のとおりである。
(三) 原告は、本件物件を取得し譲渡したのは原告個人ではなく、委員会である旨主張しているが、本件物件が譲渡された昭和三五年当時委員会は存在しておらず、また本件物件はその形状、面積からして学校建設敷地として不適当であつた反面、本件物件の取得、譲渡の際作成された売買契約書、売買に伴う登記は原告及び李清一の個人名義でされ、本件物件の譲渡代金の保管管理はすべて原告個人名義でされていたから、本件物件を取得し譲渡したのは原告及び李清一に外ならない。このことは李清一が本件物件の譲渡に伴う所得について原告と同時に課税処分を受けたのに何ら不服申立をしていないことからも裏付けられる。
かりに原告及び李清一が学校法人広島朝鮮学園の学校建設を目的として本件物件を取得したとしても、それは団体としての実体を有しない。単なる関係者の申し合せに基いて取得したものであるから、本件物件の譲渡による所得は原告及び李清一に帰属する。
したがつて本件処分には違法はなく適法である。
四、被告の主張に対する原告の答弁
本件物件の譲渡価格及び取得価格が被告主張のとおりであること、本件物件の取得譲渡の際作成された売買契約書、売買に伴う登記が原告及び李清一の個人名義でされたことは認めるがその余の事実は争う。
五、証拠関係
原告は、甲第一ないし第七号証、第八号証の一、二、第九ないし第一二号証、第一三号証の一、二、第一四ないし第一九号証、第二〇号証の一、二、第二一ないし第二四号証、第二五、第二六号証の各一、二を提出し、証人李清一、同徐彩源、同富士波雄三の各証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、乙第一号証の一ないし三の成立は不知、その余の乙号各証の成立(乙第六号証については原本の存在を含む)は認めると述べた。
被告は、乙第一号証の一ないし三、第二号証の一ないし八、第三号証の一ないし六、第四号証の一、二、第五、第六号証を提出し、証人伊藤厳、同松浦堯洋、同戸津川竜三の各証言を援用し、甲第二三号証の成立は不知、第二五号証の二については決定の理由三項の末尾の付記部分を除き成立を認める、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。
理由
一、請求原因(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。
しかして本件物件が売却されるまでの経過については、証人李清一、同徐彩源、同富士波雄三の各証言、原告本人の供述(第一、二回)を総合すると、従前安芸郡海田町に広島県在住の朝鮮人子弟教育のための教育会の管理する小規模な朝鮮人中、高等学校があつたが、狭くて老朽化し施設として不十分で地理的条件も不良であつたため、父兄より一層整備された新たな学校建設を要望する声が強くなり、そのため昭和三五年二月頃朝鮮総連委員長であつた原告、朝鮮総連傘下の教育会会長であつた李清一ら有志が広島市内に初、中、高等学校を建設するべく会合し、その後学校建設用地として原告及び李清一の名義で本件物件を一、三〇三万円で買受けるに至つたが、地元住民の反対等により学校建設を断念し、他に学校敷地を求めることとして本件物件を三滝綜合開発株式会社に一、七六〇万円で売却したことが認められる。(但し本件物件の買受名義人、買受価格、売却先、売却代金額については当事者間に争いがない。)。
二、ところで本件物件の譲渡に伴う所得の帰属者は何人であるかの点であるが、その点については、本件物件の取得、譲渡の際作成された売買契約書、売買に伴う登記が原告及び李清一の個人名義でされていることは当事者間に争いがなく、また原本の存在及び成立に争いない乙第六号証、原告本人の供述(第二回)によると、本件物件が売却された際の代金一、七六〇万円の領収書も原告及び李清一の名義で発行されていることが認められるので、外観からして本件物件は原告及び李清一がこれを取得し、譲渡したものと推測されるのであつて、これを覆えすに足る事情のうかがえない限り本件物件の譲渡に伴う所得は原告及び李清一に帰属したものと認める外はない。
三、これに対し原告は、本件物件は人格のない団体としての委員会が在日朝鮮人からの寄付金により学校建設用地として取得し売却したものであるから、本件物件の譲渡に伴う所得は委員会に帰属している旨主張しているので、以下その点について検討する。
(一) まず委員会なるものの存否に関し、証人李清一、同徐彩源は、原告李清一ら有志が会合した昭和三五年二月頃委員会が結成され、委員長には徐彩源、委員には原告、李清一、李斗明、河清建ら二、三〇名が就任した旨証言しているが、原告本人(第二回)は、有志によつて結成されたものは建設委員会とも設立委員会ともいつていたが、自分は委員ではなく、委員が幾人であつたか知らない旨供述していて、右各証言と矛盾しており、また成立に争いない甲第二四号証によると、原告は被告に対し本訴提起前の昭和四一年一二月二七日付で上申書を提出し、その中で本件物件の買入当時の所有権は在日本朝鮮人広島県教育会にあり、原告の所有物ではない旨記載し、委員会なるものの存在には全く触れていないことが認められる。これらの点からすると、代表者をもつ一定の組織としての委員会が結成されたとみることには疑問が抱かれる。
また委員会が結成されたにしても、それが人格のない社団等として課税の客体とされるためには、法人格を有しないのみで、その実体が社団法人、財団法人と同一のものであることを要するものと解すべきであるから、組織の根本規則、すなわち代表の方法、役員の任免、組織の運営、財産の管理、運営その他重要な点についての規則が定められていることを要することになるが、その点について証人徐彩源は、大まかな趣旨を作り役員を選出したのみで細目のとりきめはなく文章化されたものはない旨証言し、原告本人(第一回)も委員会には特に規約はなく、委員長、事務局長も事実上きめたに過ぎない旨供述しており、その他委員会としての根本規則が定められていたことはこれを認めるに足る証拠がない。
(二) 次に財産の管理に関しては、証人李清一、同徐彩源、原告本人(第一回)は、委員会の事務局長には河清建、李斗明が順次就任し、委員会の財産管理には事務局長が当つていた旨証言、供述しているが、前掲甲第二四号証、成立に争いない乙第五号証、証人松浦堯洋、同戸津川竜三の各証言によると原告は本件処分に対する異議申立の段階では、李斗明、河清建の氏名を挙げたことはなく、広島東税務署職員松浦堯洋の質問に対して寄付金に関する経理責任者は大阪方面に転出したというのみで、その者の氏名は知らないと述べており、審査請求の段階での広島国税局職員戸津川竜三の質問に対しては事務局長は李東植であつたと述べているにとどまることが認められるのであつて、このような原告の訴訟前後における供述の変化からすると、前記証言についてもその信憑性に疑問が残る。
(三) また委員会が存在し、委員会として寄付金を募集したものであれば、寄付金募集の趣意書、寄付者名簿、寄付金の収支に関する帳簿がその性質上相当長期間保存されるのが通常であるが、証人松浦堯洋、同戸津川竜三の各証言によると、これらの書類、帳簿は本件処分に対する異議申立、審査請求の段階においても提示されなかつたことが認められるから、元来存しなかつたものと推認される。しかしてこの認定に反する証人徐彩源、同李清一の各証言は、たやすく措信することができない。
(四) 本件物件は、一、三〇三万円で取得されたものであるが、その取得資金について証人李清一は、当時寄付金が一、〇〇〇万円近く集つていて、寄付金と取得価格との差額は、朝鮮民主主義人民共和国からの教育援助費をもつて充てた旨証言し、証人徐彩源は、本件物件の買入当時の寄付金は約五〇〇万円で、不足分は東洋信用組合から尹徳昆名義で借受けた金をもつて充てた旨証言し、さらに原告本人(第一回)は、本件物件の買入当時の寄付金は一、〇〇〇万円位で、買入額との差額は徐彩源が立替えたと思う旨供述していて、関係者の証言、供述は区々であり、いずれも措信し難く、本件物件の買入れのための資金源が明らかでない。
また成立に争いない甲第二一号証、証人徐彩源の証言によると、本件物件の売却代金一、七六〇万円は昭和三五年一二月二六日株式会社愛媛相互銀行広島支店に対する原告名義の普通預金口座に一旦預けられたものの、その預金は同月三一日までに全額払戻され、その後取引関係がなかつたことが認められる。
しかしてその払戻金の使途については、証人徐彩源は広島市尾長町天神谷所在の土地の買入資金、造成費の一部に充当された外、借入金の返済もあつた旨証言しているが、証言内容が曖昧でたやすく措信することができず、他に払戻金の使途を確定するに足る証拠はない。
(五) 本件物件の買入名義人についても、委員会が存在していてそれが人格なき団体に当る程度のものであれば、委員長であつたとされる徐彩源の名義をもつて買入れるのが通常であるところ、証人徐彩源は、自分は商売をしていて対税関係があるので自分の名義にしなかつた旨証言しているが、原告本人の供述(第二回)によると、原告は金属業を営んでいたことが認められるので、証人徐彩源の右証言は首肯できないし、他に本件物件の買入名義を委員会の代表者名義にしなかつたことを首肯させるだけの資料はない。
(六) 次に証人李清一、同伊藤厳の証言によると、本件物件の譲渡に伴う所得に関しては原告及び李清一に所得税が課せられたが、李清一はそのことについて異議申立、審査請求、訴訟等の不服申立をしていないことが認められる。
以上の点からすると、本件物件の取得、譲渡当時原告主張のように人格のない団体として課税の客体となるような委員会が存在していて、委員会が取得し譲渡したものと認めることは困難である。むしろ原告及び李清一が徐彩源ら有志の申合せにより、その責任において学校建設のための敷地として本件物件を買受け、後にこれを売却したものと認めるのが相当である。
四、してみると行為の外観からの推測を覆す事情はうかがえないことになるから、本件物件は原告及び李清一においてこれを取得し、また譲渡したものと認める外なく、したがつて本件物件の譲渡に伴う所得も原告及び李清一に帰属したものというべきである。
しかして原告及び李清一の本件物件に関する共有持分は相均しかつたものと推定すべきところ本件物件の譲渡価格及び取得価格は別表第一記載のとおりであるから、当時の所得税法九条一二条、一五条、五六条によると、原告の昭和三五年分所得税額、無申告加算税額は別表第二記載のとおり算出される。
五、以上の説示によると、被告が原告に対してなした本件処分は適法であるということができるから、原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森川憲明 裁判官 下江一成 裁判官 海老根遼太郎)
別表 第一
譲渡所得の明細
<省略>
別表 第二
昭和三五年分所得税額等の計算根拠
<省略>